行動療法

行動療法は、行動主義と呼ばれる心理学の考え方に基づいた心理療法です。行動主義は人間の心について、ちょっと驚くような考え方をします。私たちは普段、人間の中には心があって、その心の働きによって何かを感じたり行動を起こしたりするのだ、と考えますが、行動主義の心理学者は、心なんて目に見えないじゃないか、目に見えないし観察できないようなものを扱うのは科学的ではない、だから心理学は心というものを想定しない方がいいのだ、と主張したのです。

私たちが直接に観察することができるのは、その人の周囲の状況や出来事(刺激)、そしてその人が何をしたかということ(反応)です。私たちは刺激と反応の間に、「この人はこの出来事に対して『こんなふうに思って』、こうしたんだな」というふうに、心の動きを読み取りますが、行動主義の視点から見ればこれは必要ありません(「認知」を重視する心理学者は、この『こんなふうに思って』の部分に焦点を当てます。「認知行動療法」のページも参照してください)。行動主義の視点からみれば、大事なのは、刺激と反応がどのように結びついているかということです。行動主義の心理学者は、一定の条件のもとで特定の刺激と特定の反応が結びつくことを明らかにしました。この刺激と反応の結びつきという観点から心と呼ばれているような現象はすべて解明でき、人間の振る舞いはすべてコントロールすることができると、かつての行動主義心理学者は考えたのです。

行動主義の考え方は20世紀の一時期、とても影響力を持っていましたが、現在では古典的な行動主義の考え方は下火になっています。行動主義の考えだけで人間の心のすべてを説明することは、どうやら難しいということがわかってきたからです。それでも、行動主義に基づく心理療法である行動療法はある種の問題に対してとても有効なアプローチです。行動療法には、その人の意図とは無関係に生じる反応(たとえば恐怖症や緊張など)へのアプローチ法と、意図してなされる行動へのアプローチ法がありますが、ここでは後者について少しお話しすることにしましょう。

とてもシンプルなことですが、人間を含む動物は、やってみたらいい結果になったことはもっとやろうとし、やってみたら嫌な結果になったことはあまりやろうとしなくなります。だとすると、ある人の特定の行動を増やそうと思うならば、その人がそれをした時にその人にとって嬉しいような何か(強化子と言います)を提示すればいい、ということになります。これはあまりに単純なようですが、私たちは意外と、肯定的なフィードバックをちゃんと返してはいないことが多いものです。仕事をちゃんとやったのに、「できるんだったら、いつもちゃんとやれよ!」と言われたりすると、やる気がなくなりますよね。やったことは、ちゃんと認めてあげた方がいいのです(「認める」とか「注意を向ける」というのは人間にとってとても大事な強化子です)。このことは、自分自身に対しても当てはまります。自分ががんばって何かをやった時には、ちゃんと自分をほめてあげられると、次からも「やろう!」という気になりやすくなります。

さて、行動療法の原則にしたがうならば、特定の行動を減らそうと思ったらその人がそれをした時にその人にとって嫌な何か(罰刺激)を提示すればいい、ということになりますね。しかし、そうは簡単にいきません。いくら叱っても子どもが悪さをやめない…ということはよくありますね(実は、罰を与えることは長期的に見るとあまりいい結果につながらないと言われています)。好ましくない行動を減らすためには、まずその行動がなぜ起こっているのかを理解する必要があります。たとえば、悪さをする子どもは、普段は注意を向けてもらえず、悪さをして叱られる時だけ注意を向けてもらえるのかもしれません(叱られることが強化子になっているということになります!)。だとすれば、悪さを減らすためには、悪さをしていない時やいいことをした時にこそ注意を向けてもらえて、悪さをした時にはそれほど注意を向けてもらえない(あっさり叱られる)という状況を作る必要があります(一般に、好ましくない行動を減らすのにもっとも効果的な方法は、その行動で得られている「いいこと」(強化子)を他のより好ましい行動で得られるようにすることです)。このように行動療法を実際に使うためには、その人にとって何がで強化子で何が罰刺激なのかを理解すること、その人の行動を「どんな状況の時に、その人がどんなことをして、その結果どうなるのか(それがその人にとってどんな意味を持つのか)」という流れの中できちんと把握することが必要になります。

行動療法の基本はシンプルですが、実際に用いるには工夫が必要ですし、行動の流れを細かく見ていく目が必要です。行動療法の理論で人の行動のすべてを説明できるわけではありませんが、この視点を身につけると、人間を理解する視野が広がります。