過去を振り返ることの意味

カウンセリングでどんな作業をするか、どんな話をするかは、来談される方のニーズや困りごとによってさまざまです。まずはご自分の「気持ち」について十分に話をすることが必要な方もいらっしゃいますし、ご自分の「考え方」や「物の見方」が妥当なのかどうかを話し合いたいという方もいらっしゃいますし、現状の中でどう「行動」すればいいかを考えたいという方もいらっしゃいます。カウンセリングでは、そういったニーズや問題意識をうかがって、それに応じて面接をおこなうことになります。ただ、カウンセラーによって得意な方法や重視する点が異なることも確かです。私はどちらかというと、気持ちや思いを重視するカウンセラーだろうと思います。私は、その人がどう考えるか(どう物事を見るか)、どう行動するかということの背景には、その人がどんな気持ちや思いを抱えて生きてきたのかということがあり、その気持ちや思いに自分自身が耳を傾けていくことが、自分自身の考え方や行動について深く考えていくことにもつながると思っているのです。

もちろん、あまり気持ちや思いというところまで話を掘り下げることはせず、目の前のことにどう対処できればいいかというところを整理して、それでカウンセリングを終えられる方もいらっしゃいます。それはそれで、もちろんいいのです。必ずしも深く自分の思いに向きあっていくのがいいこととは限りません。ただ、話をしていく中で、これまで自分自身でもどこかでわかっていながら目を向けてこなかったような気持ちがとても重要なものだということが明らかになっていくことも少なくありません。そのような流れになる場合には、話はおのずと、いったんは過去にさかのぼることが多いように思います。

自分自身のことを考えるという時、過去のことはとても大きな意味を持っています。カウンセラーは継続してお話をうかがう場合、一度、来談された方がこれまでの人生をどのようにやってこられたかをお訊きすることがよくあります。その歴史を知っていることが、今のその人のありようを理解する上で重要な背景となるからです。「今」を大事にするために、過去のことが重要な意味を持つわけですね。ただ、来談される方の中には、カウンセリングはただ「過去を振り返る」ものだと考えている方や、過去はもう変えられないのだから振り返っても仕方がない、だから過去のことを話しても意味がない、と思われている方もいらっしゃいます。実際には過去を振り返ることは、「今」の自分が変化することの一つの道筋として、重要なのです。しかし、過去を振り返ることが、なぜ今の自分が変化することにつながるのでしょうか。この問いに対する答えはいろいろありうるでしょうが、一つの答え方として、自分自身の中でなにか引っかかっているような過去の気持ちや思いは、今でも自分の中に「生きて」いて、命を持っているから、と答えることができるかと思います。

過去を振り返ることは、自分自身のこれまでの歩みにダメ出しをすることではありません。また、思い出したくない事柄に自分自身をもう一度さらすことが目的なのでもありません。言うなれば、今も自分の中に生きている「昔の自分」に声をかけ、耳を傾けて、ケアすること、そばに寄り添ってあげることが大事なのだろうと私は考えています。そうすることで、自分自身の中で止まっていたプロセスが、今、進むべき方向に進み始めるのではないかと思うのです。